スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

2010年5月 ガスに埋もれて……

本当に、2回目の手術~入院生活は、

「こんなはずじゃなかった!」の連続でした。


手術が終わってすぐの頃に、
子供が結構 激しい胃腸風邪 にかかってしまったようで、
我が家も大変だったみたいですが、


それを、毎日顔を出してくれていた夫が、
ご丁寧にも輸送してきてくれたようで。


術後2日目に、わたしもバッチリ胃腸風邪になりましたヽ(´▽`)/


ただでさえ、傷の痛みでヨレヨレなのに、そこに胃腸風邪です。


まず、食事が摂れなくなりました。


なんともいえないまったりとした吐き気。


なーんにも食べる気が起こりません。


なので、食事は看護師さんに言って、止めてもらいました。
食べない食事を持ってきてもらうのは、廃棄を増やすだけです。


と、ここまではヨカッタんです。

食べられないくらいなら。


でも、残念ながら、次の段階がやってきてしまいました。


まさか、お食事中にこのブログをご覧になっている方がいるとは、
ちょっと予想がつきませんが、
一応、先にお断りしておきます。


ちょっとバッチイ話ですよ。



やってきたのは、ゲリピー腹です。


ただでさえ、起き上がるには、

体の向きを変えて、うつぶせになって、ジタバタ……

という段取りを踏まないと、ベッドから起き上がれないのに、

ピーピー腹です。


よいしょと起き上がって、トイレに腰を下ろして、
ヤレヤレと立ち上がって、再びベッドに戻ってくると、

ピーピーピー……

警報、再び。


しかもね、食べてないから、ピーピー来るわりには、出ないんですね。


もう参りましたネ。


しかも、胃腸風邪になると、どうしてあんなに臭くなるの?


ベッドでガスが漏れると、それこそ警報でもなるんじゃないかと思うほどの激臭です。


特に夜、看護師さんの巡回時にちょうどガス漏れ(うん漏れじゃないデスヨ)しちゃって、
「あわわ(゚д゚)」になりましたね。ハハハ。


でも、このときの夜勤の看護師さんは、いい人だったので、

ふたりで胃腸風邪は、


「うんこ漏らすよね」


と、互いのうんこ漏らしを暴露し合って、
わたしもちょっと安心でした。



これで、万が一漏らしても、許してもらえるに違イナイ!



幸い、朝まで漏らすことなく過ごせたのですが。

それでも、寝たか起きたか、わからないくらいの眠りでしたね。


うんこ漏らすのが気になって、熟睡できなかったです。


このとき、まだ個室にいたんですが、
つくづく、個室でよかったと思いました。


ガス製造マシーンになっとりましたから(´∀`)


先生が回診に来たとき、整腸剤を所望しましたね。


と、胃腸風邪を発症して、2~3日は、こんな様子でした。


結局胃腸風邪って、病院にいても、対処療法しかないんですよね。


症状が落ち着いていくのを待つしかなかったです。


別の看護師さんに、


「食事をしないと点滴になっちゃうよ」


と脅されたこともいい思い出です。


そんなこと言われたって、受け付けないものはしょうがないっつーの!


脅された次の日には、食事を再開しましたけどね。


くっさいガスとうんこに悩まされた数日でしたヽ(´▽`)/


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 ベッドから起き上がるための工夫

苦しみの夜が明けて。


日勤の看護師さんが来るや否や、


「全部とってください!!」(涙目)



ここから、また少し待たされたんですが、


ややあって、全部の装備を外してもらえました。


すっきり!!


と、1回目の手術のあとは、自由を満喫できたのですが、
今回は違いました。


装備は外れたけど、傷の痛みは外れないんですよね。


熱くて重い鉄板が左側に入ったままです。


とりあえず、看護師さんの手を借りて、その場は起き上がることができましたが、
次からは、ハテ、どうしましょう?


それくらいに、重い鉄板が入っとりました。


体を動かすと、鉄板がギギギと言って、痛みを発するんです。


筋肉をとると、こんなに動きに制限が出るんですね(゚д゚)


看護師さんの助けを借りて、どうにかトイレにいったあと、
また必死こいてベッドに戻りましたが、


その次の朝食タイムが来たときに、


どうやっても起き上がることができなくて。


ひっくり返ったカエルのように、ジタバタしてましたけど、
起き上がるための力がまったく入らないんですね。


ちょっと笑えましたね。


夜さえ明ければ、装備さえ外せば、楽になれると思い込んでましたから。


でも、このまま起き上がれないとなったら、また何をされるかわかりません。


まだぼんやりとしていた頭で必死に考えました。


動かせる部分を使って、どうにかすればよいのです。


まずは、ベッドの頭部分をアップさせました。


ウィーーーーン


少しリクライニングさせたくらいの角度まで、アップします。




さあ、これでベッドごとですが、体を起こすことができました。


ここからが、ひと仕事です。


まずは、右側の腕の力を使って、
仰向けの状態から、右向きになります。



エイヤッ!muki.jpg

あ、イカン、イラストでは使えない方の腕使ってますね(^_^;)
使ったのは点滴の針が痛かった、右腕です。


ふう。


そうしたら、そのまま、足の力も使って、
うつぶせになります。


うつぶせになったら、
そのままジタバタしながら、足から床に降ります。



上から見るとこんな感じです(´∀`)

idou2.jpg




この方法で、なんとか、自力でベッドから降りることができました。


初日から2~3日は、かなり時間をかけて、
こうやってベッドから降りていたような気がします。


それ以降も、スピードこそ早くなったものの、
やはり退院するまで、この方法でベッドから降りてましたね。


退院してからは、今度はベッドではなく、お布団なので、
起き上がるのがこれまた大変でした。


やっぱり、こうやってジタバタしながら体の向きを変えて、
一度うつ伏せになってから、ムクリと体を起こしていたと思います。


というわけで、なんの役に立つのかわからない、
術後明けの奮闘記でした(´∀`)



入院生活、もう少し続きます


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 忘れられない苦痛の夜

術後の夜。


それはもう、とてつもなく長い夜でした。


たぶん、生涯の「忘れられない夜」のひとつだと思います。


傷は痛いわ、点滴の針が痛いわで、マンガも映画も観れないときたら、
もうぼーっとしているしかありません。


朝一で手術室に入って、昼過ぎに出てきまして、
夕方、夫が子供たちの待つ家へ帰りました。


そこから、次の朝の検診までは、地獄でした。


消灯時間までは、それでもうとうとしてたような気もします。


で、消灯時に、眠れる薬を点滴に入れてもらって、
すーっと眠っていったんですが、
術後の夜って、看護師さんが定期的に血圧を計りにやってくるんですよね。


なので、この血圧チェックで起こされまして。


そこからは、一瞬たりとも眠ることができず、
ひたすら痛みと対峙するだけの時間でした。


まず、傷が痛すぎて、身動きが取れないのがツライ。


よく、刀傷は、熱い鉄板がそこにあるように痛む、と聞きますが
(どこでそんなこと聞いたんだろう??)

まさにその通り。

左側の背中から胸にかけて、熱くて重い鉄板が入っているかのように、
ずっしりと重く、痛いんです。


でも、人間、同じ姿勢を取り続けていると、関節や床に面している部分が傷んできますよね。


わたしも、腰が痛くて痛くて。


どうにか、体を動かして腰の痛みを逃したいんだけど、
ピクリとも体を動かすことができないんです。


こう、腕の力に頼ろうとすると、点滴の針がズッキーンと激しく痛むんですよね。


で、足に力を入れると、今度は、尿道カテーテルが、痛みまして。


わたし、この尿道カテーテルってのがとても苦手なようで、
1回目も違和感ありまくりだったんですね。


今回は、その違和感が痛みとして感じられて、これまた辛かった。


普通、カテーテル入れてれば、尿意って感じることなく排尿されるじゃないですか。


でも、ちょうど入口に違和感と痛みを常に感じていたからか、尿意もずっとありっぱなしで、
「おしっこしたいのに、できない!」感覚に、苛まれました。

うーんって力んでも、すっきりするわけでなく、ずーっと強い尿意があるんです。


点滴だけでなく、カテーテルももしかして、
新人ナースがセットしたんでしょうか?


もう拷問でした。



朝になれば、全部外してもらえますから、
ひたすら時間がすぎるのを待つんですけど、


全然時間が過ぎないんですよ。



時計を見ても、針が異様に遅いんです。


もう1時間くらい経ったかしらと思って時計を見ると、
2分くらいしか過ぎてなかったり。


(´;ω;`)


さすがに泣きました。


辛くて何度も何度もナースコール。


でも、ナースコールしても、何も楽にならないんですよね。


それでも、少しでも気を紛らわしたくて、コールしまくってました。


すごい迷惑な患者です(ノ∀`)


しまいに看護師さんも、迷惑そうな顔してましたね~(苦笑


で、夜が明けてからも、1回目の外科病棟では朝6時に、
すべての拘束から解放してくれたのに、

混合病棟では、
日勤の人と交代してからでないと取れない、と言われまして。



ということは、どんなに早く見積もっても9時過ぎです。


悶絶の3時間でしたヽ(´▽`)/


いやあ、初めてのお産の夜も、相当辛かったけど、
この術後の苦しみに比べたら、陣痛は無痛時間があるだけ、まだ楽だったように思います。


本当、苦い思い出です。


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 術後の苦しみ

若葉ちゃんに点滴の針を、変なふうに刺されて痛かった右腕。

きっと、神経に触ってたんでしょうね。

もう腕を曲げたまま、伸ばすこともできず。
(伸ばすと激痛が走りました)

麻酔から覚めると、その腕の痛みと、傷の重い痛みを感じました。


左胸~左の背中まで大きく切って、

切るだけでなく、組織をあっちからこっちにもってきて~と
しているので、痛みはかなり強かったです。

痛み止めの点滴を入れてましたが、それでも痛かったですね。


1回目の手術のあとは、それほど傷も痛まず、楽ちんでマンガ読んでただけに、
そのギャップに驚きました。


でも、それも仕方ないですよねえ。


1回目は胸の下の方をちょこっと切り取っただけ。

今回は、胸の組織全部と、片側の広背筋を切り取っているんですから。

そりゃあ、1回目と比べたら、痛いに決まってます。


でも、わたしも考えは実に甘かった。


傷は痛かったけど、気の持ちようだわ、と思って、またマンガを読もうとしたんです。


『毎日かあさん』の最新刊がちょうど出たときだったので。


ところが、全然読めない。


本を開いても、目が紙面を拒否するんです。


なら、ポータブルDVDで映画でも、と思っても、ダメ。

画面を見ていられなくて。


人間、消耗してるときって、何かを読んだり見たり、
できなくなるもんなんですね(゚д゚)



ちなみに夫は、
手術室から出てきたわたしを見て(まだ麻酔で朦朧としてて目を閉じてます)、
あまりの顔面蒼白な様子に、

「うわ、ゾンビ!」

と思ったらしいです(´∀`)

とても血が通っている人間には見えなかったそうで、
ゾンビのごとく、カッと目を見開いて、襲いかかってくるに違いない、と思ったそうです


ゾンビ映画の見過ぎですヽ(´▽`)/



で、今回は、外科病棟でなはかったので、回復室というものが存在せず、
すぐに自分の病室に戻されたんですね。


また鼻に、酸素のチューブをあてがわれまして。


でも、うっとおしいから、取ってたんです。


だけど、あまりにしんどいから、やっぱり酸素もつけておいたほうがいいのかなーって、
再び、鼻に置いてみまして。


そうしたら、ちょうどそのタイミングで、つきそいの夫がご飯食べに行ってくるって、
部屋から出て行ったんですね。


ひとりでぐったりと病室です。


術前準備といい、点滴といい、術後の様子といい、
こんなはずじゃなかったのになぁ……とか思いながら、ぼーっとしてると、

急に、手足が痺れだして。

「あれ?」と思っているうちに、呼吸まで苦しくなって、

全身から、脂汗がぶわっと吹き出しました。

「これはヤバイ!」と思って、ナースコールです。


コールでやってきたのは、看護師の若葉ちゃんヽ(´▽`)/

「どうしました?」

「胸が苦しい…です……」


看護師若葉ちゃん、顔色を変えて、
「待っててください」とナースステーションに走っていきます。


待っているあいだも、カラダが震えて、耳鳴りがキーンとしてました。


なんだって、夫がいなくなった瞬間にこうなるのか。


すぐさま、ベテラン看護師さんが、やってきて、
すこし頭側を上げてたベッドをフラットにします。


酸素飽和度とか、心拍・血圧に異常はなかったらしく、


「大丈夫よ」とキビキビと言われてしまいます。


すると、呼ばれたのでしょう、執刀した主治医の先生もやってきて、
傷の様子やらをチェック。


やはり異常はないようです。


それでも苦しい理由は、過呼吸だったみたい?


酸素の摂り過ぎ?



やっぱり鼻の酸素チューブは外しておいたほうがよかったのかしら?


今となっては、原因はわかりませんが、
先生は、痛みが強くて呼吸が早くなったせいだと思ったみたい。


確かに痛みは強いですけどね。

でも、すでに痛み止めを入れているので、これ以上増やすこともできず、
結局ガマンするしかないみたい。


過呼吸の治療によくあるように、
何も出ていないカラのマスクで口と鼻を覆っての対処となりました。


でも、全然楽にならなかったですけどね。

夜になっても、ずっと胸の苦しさはとれなかったです。


これ、今にして思うと、麻酔の影響かな、とも。


麻酔してる時間が、1回目の倍以上だったのに加えて、
ホルモン剤を飲んでいたことで、普通より影響が大きく出てしまったみたい。

これは、のちのちもフラフラしてるわたしを見て、
主治医の先生がおっしゃってました。


ともかく、術後は辛かったですね。


とりあえず、一旦切りますが、
まだまだ続きます。術後の苦しみ編(´∀`)


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 研修医がやってきた(゚д゚)

さて、5月の入院で何を後悔したか、についての話です。


5月。


若葉も初々しい時期でしょうか。


若葉です。



2度目の入院は、センチネルもありませんし、
入院初日は、わりとゆっくりとしたものでした。

が、そこにやってくる恐怖の影!

「コンコン、失礼しまーす」


荷解きをしていたら、かわいらしい女の子が病室へやってきました。


ホントに、かわいらし~い感じの女の子です。


あら、こんなおばちゃんのところに何か用かしら?


と、思ってきょとんとしておりますと、


「明日の麻酔を担当させていただく、若葉です♪」


──は?


このかわいい娘さんが?


ははぁ、よく見れば、白衣着てますね。


緊張気味で、一生懸命なのが見て取れます。


今回は、ずいぶんとかわいらしい人が、麻酔医として付くんだなあ、なんて、
このときは、まだノンキに考えておりました。


ところが。


「挿管のチェックをしますので、口を大きく開けてくださ~い」


あーん。


けど、わたし、ちょっと顎関節症のケもあって、それほど大きくは開かないんですね。


すると若葉ちゃん、わたしの口に定規を当てて、

「もっと大きく開きませんか?」


「うーん、ムリかな。ちょっと顎関節症気味だし」


「Σ(゚Д゚)」

若葉ちゃん、ちょっとびっくり顔です。


「そ、そうですか。もしかすると挿管できないかもしれない……もっと大きく開きませんか?」


「いや、ムリですて」


「えー……んーじゃあ、ちょっと確認してきます!」


「いや、あの、前回の手術のときは問題なかったですよ?」


「えっ、あ、そうなんですか? でも一応、確認してきます!」


若葉ちゃん、バタバタと退場です。


残されたわたしはポカンでしたが、でも、こんなのはまだ序の口でした。


若葉ちゃんが若葉ちゃんたる本領を発揮するのは、手術室に入ってから。



と、その前に、ちょっと術前の準備の話を少し。


手術前夜、消灯時間も間近になってから、
主治医の先生がいらっしゃいました。

翌日に控えている、再建手術の準備のためです。

別室に案内されて、胸から背中にかけて、
マジックでキュキュキューっとマーキングされました。


本当に、ただのマジックで書くんですね。


書いてるあいだも、特に話すこともないしで、
10分くらいでしょうか、奇妙な沈黙の時間でした(苦笑


で、病室に帰ってから、ちょっとホラー映画を見て、おやすみなさい、です。


今回は、1回目と違ってなんか熟睡できなかったです。


キレイな病棟という思惑が外れて、動揺していたのでしょうか。



そうして、朝。


お迎えの看護師さんとともに、ノーパンで手術室まで歩いていきます。


手術室の看護師さんは、1回目とは違うメンツでした。


だからなのでしょう、
前回のような『タッチ』のサービスはありませんでした。



そもそも「お気に入りのCDがどうの」なんて話もなかったですしね。


1回目のような暖かい雰囲気ではなく、なにやら手術室が殺伐としております。

こういうのも、そのときのメンツ次第なんでしょうねー。

なんかね、いろいろな部分で思いやりを感じられなくて、イヤな雰囲気でしたね。


それもこれも、若葉の季節が関係していたのかも知れません。


みなさん、新人さんのフォローとかで余裕がないとか。そんな感じでしょうか。



手術室では、麻酔科の若葉ちゃんが、わたしの到着を待ち受けておりました。


若葉ちゃんの、まずやるべき大仕事、

それは点滴のルート確保です。



これがねー、

これが、ひどかった!!!!んですよ




全然、上手に刺せないの。
あっちに刺しては「あれ?」、こっちに刺しては「あれ?」

痛いの痛くないのって。



若葉ちゃんの針刺しが痛くて、そっちをずっと見てたら、
オペ室の看護師さんが、

「気になる?」

って冷たく言い放つんですよ。
まるで、「そんなガン見してやんなよ」と言わんばかりの口調で。


痛いんだから、気になるに決まってるじゃないですか。


もう、イヤーな雰囲気でしたね。

「痛くないようにガス使おうか」

とか言われて、

どうこう言う前に、マスクをあてがわれて、はい、沈没です。


1回目のときのように、
主治医の先生に、あいさつすることもなく、
点滴から麻酔薬が入っていく感覚を味わうこともなく、ガスにより撃沈です。


点滴がうまくさせないから、ガスで麻酔って。


1回目は、和やかに『タッチ』で、フェードアウトだったのに。


2回目は、殺伐とイラついた雰囲気で、ガス嗅がされて、フェードアウト。


しかも。


目が覚めたら、針刺してあるところが、めっちゃくちゃ痛くて痛くて。
痛みのあまり、腕を伸ばすことができない。
しかも、腕には失敗した跡がいっぱいです。



わたくし、泣きました。


ただでさえ、術後の痛みが激しいというのに。
加えて、点滴が痛いとは、これ如何に。


苦痛の夜の始まりです(゚д゚)

にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 全摘~広背筋皮弁再建術

病室の話より、先に書くべきことがありました。


2度目に行われる手術について、です。


2010年5月に予定していたのは、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術


という手術でした。


ガン細胞が広範囲に渡って広がっているかもしれない乳腺組織は、
キレイさっぱり取り除いてしまいます。


わたしのシコリの位置からすると、
皮膚や乳首まではガン細胞が広がっていないだろう、ということで、
表皮と乳首を残して、中身をくり抜く形での全摘となりました。


そうして、くり抜いたところに、
今度は、広背筋とそこら辺の脂肪を持ってきて、詰め詰めするのです。

入れ替え



これを聞いたときは、ぬいぐるみの作り方、を思い出してしまいましたね。


そんな粘土みたいにコネコネして、うまいこと乳の形にできるのでしょうか?


なんだか、未だにものすごく不思議です。


自家再建術には、
広背筋を使うやり方と、
腹筋を使う方法があります、と言われました。


他にもお尻からお肉を持ってくるやり方もあるようですが、
わたしがお世話になっていた病院では、
そのような再建術は取り扱っておりませんでした。


で、どちらでもよかったんですが、
腹筋を使う方が、のちのちの後遺症が大きいこと、
もしかすると、多分ないけど、また妊娠~出産を望んたときに、
腹筋再建術をしていると、ちと難がある、と言われましたので、
広背筋を選択することにしました。


広背筋皮弁再建術では、
広背筋を切除してしまいますが、
日常生活ではまったく不自由はありません、とのこと。


ゴルフや水泳を楽しんでいる方もいらっしゃいますよ、と。


ネットで調べてみたら、木登りで不自由する、という記述を見つけましたが、
今後の人生で、木登りをすることもないでしょう。


そう思い、広背筋での再建術を決行したのですが、
なるほど、確かに、日常生活で失った筋肉のことを思うことはありません。


が、体のためにちょいと筋トレなんかするんですが、
各部の筋肉を使う動きをすると、ちょっと不自由に思うときがありますね。


筋トレのメニューの中に、手術した側が極端に弱く感じる動きがあるんです。


そういうときは、「ああ、取っちゃったんだなあ」って実感します。


しかも、木登りはしないけど、壁をよじ登っていく「ボルダリング」は
やりたいと思ってたりして(´∀`)


行ってみたら、またレポートしたいと思います。


ちなみに、またあとで書きますが、
広背筋皮弁再建術、
痛いか痛くないか、と聞かれれば、

なかなかに痛い部類だと思います。


術後も、今も、そう3年以上経った今でも、痛みます(゚д゚)



傷跡も、ウエストのあたりが抉れております。

ちょっとウエストがシェイプアップしてるようにも見えなくなりですが、
片側だけ、くびれてても……ねえ(ノ∀`)


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

2010年5月 苦痛の始まり

2度目の手術までは、病理の結果も、
その後の治療方針も決まっていたので、とてもゆったりと過ごせました。


そして、2010年5月。


2度目の入院をします。


これがねえ~……。


1度目の入院は、新しくしたばかりの外科病棟に入れたんですね。


ところが、


2度目の入院は、外科病棟がいっぱいだったみたいで、
「混合病棟」というところに配されまして、


これが、また、古い病棟の方だったんですね。


内科、整形外科、外科といろいろな科から寄せ集めの病棟でしたが、


主に入っていらっしゃるのが、ご老人の方々でして。


暗く煤けた病棟に響き渡る、ご老人のうめき声。


ピカピカでキレイな、患者も比較的活きのよい外科病棟とは大違いです。


案内された病室も、大部屋希望でしたが、これまた狭くて!


いわゆる古いタイプのカーテンで仕切られた4人部屋です。


しかも、今回の手術は、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術を行う予定でしたので、


入院期間は約2週間、と言われておりました。


1度目の入院の延長で考えていたのに、暗ーい病棟で、ちょっと気分も沈みましたね。


本当に、1度目が楽勝だったので、
今回も2週間のプチ旅行くらいのつもりで考えていたんです。



ところがどっこい甘かった!


最初の病室からして、すでに想・定・外です。



なんともイヤな予感に包まれながら、荷解きをしていると、看護師さんが、


「今、個室が空いたから、個室に変えましょうか?」


とやってきます。


「(゚д゚)?」


わたしの希望は大部屋です。
一言も「個室!」なんて言っておりません。
不思議に思っていると、


「……術後が大変かも 知れないから、
手術の前後だけでも個室に入った方がいいんじゃないかと思って」


「えっ(゚д゚)」


「そう、そうなんですか?」


そんな話は聞いてません。
先生は、「広背筋を使った再建は、そんなに痛くないよ~」とおっしゃっておりました。



「その方がゆっくりできるでしょ」


「はぁ……」


思っているより大変な手術なのでしょうか?
でも、確かに、術後はまた拘束されるので、大部屋よりは個室の方が、気が楽かもしれません。


大部屋では、「ぷぅ」とオナラをするにも気を使いますしね(´∀`)


ただ、気になっていたのが、個室のお値段。


外科病棟の個室は、キレイなだけあって、お値段も相当高かった覚えがあります。


「そんなに出せないかも…」

と聞いてみると、意外や意外。
こちらの古い病棟の個室は、1日7000円と消費税とお手頃価格でした。


それなら、2~3日くらい個室に入っても、なんとかなりそうです。


それに、個室なら、少しは部屋の感じもいいかも知れない。


そう期待して、個室に移ることをお願いしました。


そう、期待したんですがね──。


お掃除が済んで、案内されてみると、そこは大部屋に負けず劣らず、煤けた病室でした。


壁には何の染みなんでしょうねー?


なにかこすったような染み、
飛び散ったような染みがたくさんついております(´Д` )


床も古ぼけて煤けてます。



それが、思い描いていたのとはまったく違う、苦痛の入院生活の始まりでした。


にほんブログ村 病気ブログへ 
ご訪問ありがとうございます。応援のクリックを励みにガンバります(´∀`)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。