カテゴリ:びょうきの経緯 の記事一覧

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2010年5月 術後の苦しみ

若葉ちゃんに点滴の針を、変なふうに刺されて痛かった右腕。

きっと、神経に触ってたんでしょうね。

もう腕を曲げたまま、伸ばすこともできず。
(伸ばすと激痛が走りました)

麻酔から覚めると、その腕の痛みと、傷の重い痛みを感じました。


左胸~左の背中まで大きく切って、

切るだけでなく、組織をあっちからこっちにもってきて~と
しているので、痛みはかなり強かったです。

痛み止めの点滴を入れてましたが、それでも痛かったですね。


1回目の手術のあとは、それほど傷も痛まず、楽ちんでマンガ読んでただけに、
そのギャップに驚きました。


でも、それも仕方ないですよねえ。


1回目は胸の下の方をちょこっと切り取っただけ。

今回は、胸の組織全部と、片側の広背筋を切り取っているんですから。

そりゃあ、1回目と比べたら、痛いに決まってます。


でも、わたしも考えは実に甘かった。


傷は痛かったけど、気の持ちようだわ、と思って、またマンガを読もうとしたんです。


『毎日かあさん』の最新刊がちょうど出たときだったので。


ところが、全然読めない。


本を開いても、目が紙面を拒否するんです。


なら、ポータブルDVDで映画でも、と思っても、ダメ。

画面を見ていられなくて。


人間、消耗してるときって、何かを読んだり見たり、
できなくなるもんなんですね(゚д゚)



ちなみに夫は、
手術室から出てきたわたしを見て(まだ麻酔で朦朧としてて目を閉じてます)、
あまりの顔面蒼白な様子に、

「うわ、ゾンビ!」

と思ったらしいです(´∀`)

とても血が通っている人間には見えなかったそうで、
ゾンビのごとく、カッと目を見開いて、襲いかかってくるに違いない、と思ったそうです


ゾンビ映画の見過ぎですヽ(´▽`)/



で、今回は、外科病棟でなはかったので、回復室というものが存在せず、
すぐに自分の病室に戻されたんですね。


また鼻に、酸素のチューブをあてがわれまして。


でも、うっとおしいから、取ってたんです。


だけど、あまりにしんどいから、やっぱり酸素もつけておいたほうがいいのかなーって、
再び、鼻に置いてみまして。


そうしたら、ちょうどそのタイミングで、つきそいの夫がご飯食べに行ってくるって、
部屋から出て行ったんですね。


ひとりでぐったりと病室です。


術前準備といい、点滴といい、術後の様子といい、
こんなはずじゃなかったのになぁ……とか思いながら、ぼーっとしてると、

急に、手足が痺れだして。

「あれ?」と思っているうちに、呼吸まで苦しくなって、

全身から、脂汗がぶわっと吹き出しました。

「これはヤバイ!」と思って、ナースコールです。


コールでやってきたのは、看護師の若葉ちゃんヽ(´▽`)/

「どうしました?」

「胸が苦しい…です……」


看護師若葉ちゃん、顔色を変えて、
「待っててください」とナースステーションに走っていきます。


待っているあいだも、カラダが震えて、耳鳴りがキーンとしてました。


なんだって、夫がいなくなった瞬間にこうなるのか。


すぐさま、ベテラン看護師さんが、やってきて、
すこし頭側を上げてたベッドをフラットにします。


酸素飽和度とか、心拍・血圧に異常はなかったらしく、


「大丈夫よ」とキビキビと言われてしまいます。


すると、呼ばれたのでしょう、執刀した主治医の先生もやってきて、
傷の様子やらをチェック。


やはり異常はないようです。


それでも苦しい理由は、過呼吸だったみたい?


酸素の摂り過ぎ?



やっぱり鼻の酸素チューブは外しておいたほうがよかったのかしら?


今となっては、原因はわかりませんが、
先生は、痛みが強くて呼吸が早くなったせいだと思ったみたい。


確かに痛みは強いですけどね。

でも、すでに痛み止めを入れているので、これ以上増やすこともできず、
結局ガマンするしかないみたい。


過呼吸の治療によくあるように、
何も出ていないカラのマスクで口と鼻を覆っての対処となりました。


でも、全然楽にならなかったですけどね。

夜になっても、ずっと胸の苦しさはとれなかったです。


これ、今にして思うと、麻酔の影響かな、とも。


麻酔してる時間が、1回目の倍以上だったのに加えて、
ホルモン剤を飲んでいたことで、普通より影響が大きく出てしまったみたい。

これは、のちのちもフラフラしてるわたしを見て、
主治医の先生がおっしゃってました。


ともかく、術後は辛かったですね。


とりあえず、一旦切りますが、
まだまだ続きます。術後の苦しみ編(´∀`)


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2010年5月 研修医がやってきた(゚д゚)

さて、5月の入院で何を後悔したか、についての話です。


5月。


若葉も初々しい時期でしょうか。


若葉です。



2度目の入院は、センチネルもありませんし、
入院初日は、わりとゆっくりとしたものでした。

が、そこにやってくる恐怖の影!

「コンコン、失礼しまーす」


荷解きをしていたら、かわいらしい女の子が病室へやってきました。


ホントに、かわいらし~い感じの女の子です。


あら、こんなおばちゃんのところに何か用かしら?


と、思ってきょとんとしておりますと、


「明日の麻酔を担当させていただく、若葉です♪」


──は?


このかわいい娘さんが?


ははぁ、よく見れば、白衣着てますね。


緊張気味で、一生懸命なのが見て取れます。


今回は、ずいぶんとかわいらしい人が、麻酔医として付くんだなあ、なんて、
このときは、まだノンキに考えておりました。


ところが。


「挿管のチェックをしますので、口を大きく開けてくださ~い」


あーん。


けど、わたし、ちょっと顎関節症のケもあって、それほど大きくは開かないんですね。


すると若葉ちゃん、わたしの口に定規を当てて、

「もっと大きく開きませんか?」


「うーん、ムリかな。ちょっと顎関節症気味だし」


「Σ(゚Д゚)」

若葉ちゃん、ちょっとびっくり顔です。


「そ、そうですか。もしかすると挿管できないかもしれない……もっと大きく開きませんか?」


「いや、ムリですて」


「えー……んーじゃあ、ちょっと確認してきます!」


「いや、あの、前回の手術のときは問題なかったですよ?」


「えっ、あ、そうなんですか? でも一応、確認してきます!」


若葉ちゃん、バタバタと退場です。


残されたわたしはポカンでしたが、でも、こんなのはまだ序の口でした。


若葉ちゃんが若葉ちゃんたる本領を発揮するのは、手術室に入ってから。



と、その前に、ちょっと術前の準備の話を少し。


手術前夜、消灯時間も間近になってから、
主治医の先生がいらっしゃいました。

翌日に控えている、再建手術の準備のためです。

別室に案内されて、胸から背中にかけて、
マジックでキュキュキューっとマーキングされました。


本当に、ただのマジックで書くんですね。


書いてるあいだも、特に話すこともないしで、
10分くらいでしょうか、奇妙な沈黙の時間でした(苦笑


で、病室に帰ってから、ちょっとホラー映画を見て、おやすみなさい、です。


今回は、1回目と違ってなんか熟睡できなかったです。


キレイな病棟という思惑が外れて、動揺していたのでしょうか。



そうして、朝。


お迎えの看護師さんとともに、ノーパンで手術室まで歩いていきます。


手術室の看護師さんは、1回目とは違うメンツでした。


だからなのでしょう、
前回のような『タッチ』のサービスはありませんでした。



そもそも「お気に入りのCDがどうの」なんて話もなかったですしね。


1回目のような暖かい雰囲気ではなく、なにやら手術室が殺伐としております。

こういうのも、そのときのメンツ次第なんでしょうねー。

なんかね、いろいろな部分で思いやりを感じられなくて、イヤな雰囲気でしたね。


それもこれも、若葉の季節が関係していたのかも知れません。


みなさん、新人さんのフォローとかで余裕がないとか。そんな感じでしょうか。



手術室では、麻酔科の若葉ちゃんが、わたしの到着を待ち受けておりました。


若葉ちゃんの、まずやるべき大仕事、

それは点滴のルート確保です。



これがねー、

これが、ひどかった!!!!んですよ




全然、上手に刺せないの。
あっちに刺しては「あれ?」、こっちに刺しては「あれ?」

痛いの痛くないのって。



若葉ちゃんの針刺しが痛くて、そっちをずっと見てたら、
オペ室の看護師さんが、

「気になる?」

って冷たく言い放つんですよ。
まるで、「そんなガン見してやんなよ」と言わんばかりの口調で。


痛いんだから、気になるに決まってるじゃないですか。


もう、イヤーな雰囲気でしたね。

「痛くないようにガス使おうか」

とか言われて、

どうこう言う前に、マスクをあてがわれて、はい、沈没です。


1回目のときのように、
主治医の先生に、あいさつすることもなく、
点滴から麻酔薬が入っていく感覚を味わうこともなく、ガスにより撃沈です。


点滴がうまくさせないから、ガスで麻酔って。


1回目は、和やかに『タッチ』で、フェードアウトだったのに。


2回目は、殺伐とイラついた雰囲気で、ガス嗅がされて、フェードアウト。


しかも。


目が覚めたら、針刺してあるところが、めっちゃくちゃ痛くて痛くて。
痛みのあまり、腕を伸ばすことができない。
しかも、腕には失敗した跡がいっぱいです。



わたくし、泣きました。


ただでさえ、術後の痛みが激しいというのに。
加えて、点滴が痛いとは、これ如何に。


苦痛の夜の始まりです(゚д゚)

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2010年5月 全摘~広背筋皮弁再建術

病室の話より、先に書くべきことがありました。


2度目に行われる手術について、です。


2010年5月に予定していたのは、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術


という手術でした。


ガン細胞が広範囲に渡って広がっているかもしれない乳腺組織は、
キレイさっぱり取り除いてしまいます。


わたしのシコリの位置からすると、
皮膚や乳首まではガン細胞が広がっていないだろう、ということで、
表皮と乳首を残して、中身をくり抜く形での全摘となりました。


そうして、くり抜いたところに、
今度は、広背筋とそこら辺の脂肪を持ってきて、詰め詰めするのです。

入れ替え



これを聞いたときは、ぬいぐるみの作り方、を思い出してしまいましたね。


そんな粘土みたいにコネコネして、うまいこと乳の形にできるのでしょうか?


なんだか、未だにものすごく不思議です。


自家再建術には、
広背筋を使うやり方と、
腹筋を使う方法があります、と言われました。


他にもお尻からお肉を持ってくるやり方もあるようですが、
わたしがお世話になっていた病院では、
そのような再建術は取り扱っておりませんでした。


で、どちらでもよかったんですが、
腹筋を使う方が、のちのちの後遺症が大きいこと、
もしかすると、多分ないけど、また妊娠~出産を望んたときに、
腹筋再建術をしていると、ちと難がある、と言われましたので、
広背筋を選択することにしました。


広背筋皮弁再建術では、
広背筋を切除してしまいますが、
日常生活ではまったく不自由はありません、とのこと。


ゴルフや水泳を楽しんでいる方もいらっしゃいますよ、と。


ネットで調べてみたら、木登りで不自由する、という記述を見つけましたが、
今後の人生で、木登りをすることもないでしょう。


そう思い、広背筋での再建術を決行したのですが、
なるほど、確かに、日常生活で失った筋肉のことを思うことはありません。


が、体のためにちょいと筋トレなんかするんですが、
各部の筋肉を使う動きをすると、ちょっと不自由に思うときがありますね。


筋トレのメニューの中に、手術した側が極端に弱く感じる動きがあるんです。


そういうときは、「ああ、取っちゃったんだなあ」って実感します。


しかも、木登りはしないけど、壁をよじ登っていく「ボルダリング」は
やりたいと思ってたりして(´∀`)


行ってみたら、またレポートしたいと思います。


ちなみに、またあとで書きますが、
広背筋皮弁再建術、
痛いか痛くないか、と聞かれれば、

なかなかに痛い部類だと思います。


術後も、今も、そう3年以上経った今でも、痛みます(゚д゚)



傷跡も、ウエストのあたりが抉れております。

ちょっとウエストがシェイプアップしてるようにも見えなくなりですが、
片側だけ、くびれてても……ねえ(ノ∀`)


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2010年5月 苦痛の始まり

2度目の手術までは、病理の結果も、
その後の治療方針も決まっていたので、とてもゆったりと過ごせました。


そして、2010年5月。


2度目の入院をします。


これがねえ~……。


1度目の入院は、新しくしたばかりの外科病棟に入れたんですね。


ところが、


2度目の入院は、外科病棟がいっぱいだったみたいで、
「混合病棟」というところに配されまして、


これが、また、古い病棟の方だったんですね。


内科、整形外科、外科といろいろな科から寄せ集めの病棟でしたが、


主に入っていらっしゃるのが、ご老人の方々でして。


暗く煤けた病棟に響き渡る、ご老人のうめき声。


ピカピカでキレイな、患者も比較的活きのよい外科病棟とは大違いです。


案内された病室も、大部屋希望でしたが、これまた狭くて!


いわゆる古いタイプのカーテンで仕切られた4人部屋です。


しかも、今回の手術は、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術を行う予定でしたので、


入院期間は約2週間、と言われておりました。


1度目の入院の延長で考えていたのに、暗ーい病棟で、ちょっと気分も沈みましたね。


本当に、1度目が楽勝だったので、
今回も2週間のプチ旅行くらいのつもりで考えていたんです。



ところがどっこい甘かった!


最初の病室からして、すでに想・定・外です。



なんともイヤな予感に包まれながら、荷解きをしていると、看護師さんが、


「今、個室が空いたから、個室に変えましょうか?」


とやってきます。


「(゚д゚)?」


わたしの希望は大部屋です。
一言も「個室!」なんて言っておりません。
不思議に思っていると、


「……術後が大変かも 知れないから、
手術の前後だけでも個室に入った方がいいんじゃないかと思って」


「えっ(゚д゚)」


「そう、そうなんですか?」


そんな話は聞いてません。
先生は、「広背筋を使った再建は、そんなに痛くないよ~」とおっしゃっておりました。



「その方がゆっくりできるでしょ」


「はぁ……」


思っているより大変な手術なのでしょうか?
でも、確かに、術後はまた拘束されるので、大部屋よりは個室の方が、気が楽かもしれません。


大部屋では、「ぷぅ」とオナラをするにも気を使いますしね(´∀`)


ただ、気になっていたのが、個室のお値段。


外科病棟の個室は、キレイなだけあって、お値段も相当高かった覚えがあります。


「そんなに出せないかも…」

と聞いてみると、意外や意外。
こちらの古い病棟の個室は、1日7000円と消費税とお手頃価格でした。


それなら、2~3日くらい個室に入っても、なんとかなりそうです。


それに、個室なら、少しは部屋の感じもいいかも知れない。


そう期待して、個室に移ることをお願いしました。


そう、期待したんですがね──。


お掃除が済んで、案内されてみると、そこは大部屋に負けず劣らず、煤けた病室でした。


壁には何の染みなんでしょうねー?


なにかこすったような染み、
飛び散ったような染みがたくさんついております(´Д` )


床も古ぼけて煤けてます。



それが、思い描いていたのとはまったく違う、苦痛の入院生活の始まりでした。


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2009年12月 再手術は半年後

さて、断端陽性で再手術を選択したわけですが、

じゃあ、いつ手術するの?


先生は、

「焦らなくても大丈夫ですよ」

とおっしゃいました。

なんでも、わたしのガンは大人しいタイプなので、
そういきなり大きくなることはないのだとか。


いっそ、1年後でも大丈夫、と先生は言います。


でも、1年も、またガンと一緒というのは、どうも落ち着きません。


かと言って、すぐに手術というのも、
これから寒くなる季節でしたし、
寒いのが苦手なわたしとしては、病院で寒さに震えるのは避けたいところ。

また、子供らの面倒を見てもらうために、義母に来てもらわなければならないので、
「すぐ」の手術には、いろいろと対応が難しそうでした。


ならば。


好きな時期を選んでもよいと言うのであれば。


思い切って、
吹く風もさわかやな季節を選択しました。

5月です。



5月なら、暖かいですし、寒くて震える心配もありません(´∀`)


先生も、「それくらいがいいかもね~」なんて言います。


1度目の手術から半年後、2回目の手術をすることに決めました。


5月。
季節的には、本当に過ごしやすくていいですよね。
半年経過していれば、今の傷もだいぶ落ち着いているでしょうし。



けれど。


半年後、わたしはこの判断を、ムチャクチャ後悔することになります。


5月。


読みが甘かったです……。


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