カテゴリ:手術のはなし の記事一覧

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2010年5月 研修医がやってきた(゚д゚)

さて、5月の入院で何を後悔したか、についての話です。


5月。


若葉も初々しい時期でしょうか。


若葉です。



2度目の入院は、センチネルもありませんし、
入院初日は、わりとゆっくりとしたものでした。

が、そこにやってくる恐怖の影!

「コンコン、失礼しまーす」


荷解きをしていたら、かわいらしい女の子が病室へやってきました。


ホントに、かわいらし~い感じの女の子です。


あら、こんなおばちゃんのところに何か用かしら?


と、思ってきょとんとしておりますと、


「明日の麻酔を担当させていただく、若葉です♪」


──は?


このかわいい娘さんが?


ははぁ、よく見れば、白衣着てますね。


緊張気味で、一生懸命なのが見て取れます。


今回は、ずいぶんとかわいらしい人が、麻酔医として付くんだなあ、なんて、
このときは、まだノンキに考えておりました。


ところが。


「挿管のチェックをしますので、口を大きく開けてくださ~い」


あーん。


けど、わたし、ちょっと顎関節症のケもあって、それほど大きくは開かないんですね。


すると若葉ちゃん、わたしの口に定規を当てて、

「もっと大きく開きませんか?」


「うーん、ムリかな。ちょっと顎関節症気味だし」


「Σ(゚Д゚)」

若葉ちゃん、ちょっとびっくり顔です。


「そ、そうですか。もしかすると挿管できないかもしれない……もっと大きく開きませんか?」


「いや、ムリですて」


「えー……んーじゃあ、ちょっと確認してきます!」


「いや、あの、前回の手術のときは問題なかったですよ?」


「えっ、あ、そうなんですか? でも一応、確認してきます!」


若葉ちゃん、バタバタと退場です。


残されたわたしはポカンでしたが、でも、こんなのはまだ序の口でした。


若葉ちゃんが若葉ちゃんたる本領を発揮するのは、手術室に入ってから。



と、その前に、ちょっと術前の準備の話を少し。


手術前夜、消灯時間も間近になってから、
主治医の先生がいらっしゃいました。

翌日に控えている、再建手術の準備のためです。

別室に案内されて、胸から背中にかけて、
マジックでキュキュキューっとマーキングされました。


本当に、ただのマジックで書くんですね。


書いてるあいだも、特に話すこともないしで、
10分くらいでしょうか、奇妙な沈黙の時間でした(苦笑


で、病室に帰ってから、ちょっとホラー映画を見て、おやすみなさい、です。


今回は、1回目と違ってなんか熟睡できなかったです。


キレイな病棟という思惑が外れて、動揺していたのでしょうか。



そうして、朝。


お迎えの看護師さんとともに、ノーパンで手術室まで歩いていきます。


手術室の看護師さんは、1回目とは違うメンツでした。


だからなのでしょう、
前回のような『タッチ』のサービスはありませんでした。



そもそも「お気に入りのCDがどうの」なんて話もなかったですしね。


1回目のような暖かい雰囲気ではなく、なにやら手術室が殺伐としております。

こういうのも、そのときのメンツ次第なんでしょうねー。

なんかね、いろいろな部分で思いやりを感じられなくて、イヤな雰囲気でしたね。


それもこれも、若葉の季節が関係していたのかも知れません。


みなさん、新人さんのフォローとかで余裕がないとか。そんな感じでしょうか。



手術室では、麻酔科の若葉ちゃんが、わたしの到着を待ち受けておりました。


若葉ちゃんの、まずやるべき大仕事、

それは点滴のルート確保です。



これがねー、

これが、ひどかった!!!!んですよ




全然、上手に刺せないの。
あっちに刺しては「あれ?」、こっちに刺しては「あれ?」

痛いの痛くないのって。



若葉ちゃんの針刺しが痛くて、そっちをずっと見てたら、
オペ室の看護師さんが、

「気になる?」

って冷たく言い放つんですよ。
まるで、「そんなガン見してやんなよ」と言わんばかりの口調で。


痛いんだから、気になるに決まってるじゃないですか。


もう、イヤーな雰囲気でしたね。

「痛くないようにガス使おうか」

とか言われて、

どうこう言う前に、マスクをあてがわれて、はい、沈没です。


1回目のときのように、
主治医の先生に、あいさつすることもなく、
点滴から麻酔薬が入っていく感覚を味わうこともなく、ガスにより撃沈です。


点滴がうまくさせないから、ガスで麻酔って。


1回目は、和やかに『タッチ』で、フェードアウトだったのに。


2回目は、殺伐とイラついた雰囲気で、ガス嗅がされて、フェードアウト。


しかも。


目が覚めたら、針刺してあるところが、めっちゃくちゃ痛くて痛くて。
痛みのあまり、腕を伸ばすことができない。
しかも、腕には失敗した跡がいっぱいです。



わたくし、泣きました。


ただでさえ、術後の痛みが激しいというのに。
加えて、点滴が痛いとは、これ如何に。


苦痛の夜の始まりです(゚д゚)

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2010年5月 全摘~広背筋皮弁再建術

病室の話より、先に書くべきことがありました。


2度目に行われる手術について、です。


2010年5月に予定していたのは、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術


という手術でした。


ガン細胞が広範囲に渡って広がっているかもしれない乳腺組織は、
キレイさっぱり取り除いてしまいます。


わたしのシコリの位置からすると、
皮膚や乳首まではガン細胞が広がっていないだろう、ということで、
表皮と乳首を残して、中身をくり抜く形での全摘となりました。


そうして、くり抜いたところに、
今度は、広背筋とそこら辺の脂肪を持ってきて、詰め詰めするのです。

入れ替え



これを聞いたときは、ぬいぐるみの作り方、を思い出してしまいましたね。


そんな粘土みたいにコネコネして、うまいこと乳の形にできるのでしょうか?


なんだか、未だにものすごく不思議です。


自家再建術には、
広背筋を使うやり方と、
腹筋を使う方法があります、と言われました。


他にもお尻からお肉を持ってくるやり方もあるようですが、
わたしがお世話になっていた病院では、
そのような再建術は取り扱っておりませんでした。


で、どちらでもよかったんですが、
腹筋を使う方が、のちのちの後遺症が大きいこと、
もしかすると、多分ないけど、また妊娠~出産を望んたときに、
腹筋再建術をしていると、ちと難がある、と言われましたので、
広背筋を選択することにしました。


広背筋皮弁再建術では、
広背筋を切除してしまいますが、
日常生活ではまったく不自由はありません、とのこと。


ゴルフや水泳を楽しんでいる方もいらっしゃいますよ、と。


ネットで調べてみたら、木登りで不自由する、という記述を見つけましたが、
今後の人生で、木登りをすることもないでしょう。


そう思い、広背筋での再建術を決行したのですが、
なるほど、確かに、日常生活で失った筋肉のことを思うことはありません。


が、体のためにちょいと筋トレなんかするんですが、
各部の筋肉を使う動きをすると、ちょっと不自由に思うときがありますね。


筋トレのメニューの中に、手術した側が極端に弱く感じる動きがあるんです。


そういうときは、「ああ、取っちゃったんだなあ」って実感します。


しかも、木登りはしないけど、壁をよじ登っていく「ボルダリング」は
やりたいと思ってたりして(´∀`)


行ってみたら、またレポートしたいと思います。


ちなみに、またあとで書きますが、
広背筋皮弁再建術、
痛いか痛くないか、と聞かれれば、

なかなかに痛い部類だと思います。


術後も、今も、そう3年以上経った今でも、痛みます(゚д゚)



傷跡も、ウエストのあたりが抉れております。

ちょっとウエストがシェイプアップしてるようにも見えなくなりですが、
片側だけ、くびれてても……ねえ(ノ∀`)


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2010年5月 苦痛の始まり

2度目の手術までは、病理の結果も、
その後の治療方針も決まっていたので、とてもゆったりと過ごせました。


そして、2010年5月。


2度目の入院をします。


これがねえ~……。


1度目の入院は、新しくしたばかりの外科病棟に入れたんですね。


ところが、


2度目の入院は、外科病棟がいっぱいだったみたいで、
「混合病棟」というところに配されまして、


これが、また、古い病棟の方だったんですね。


内科、整形外科、外科といろいろな科から寄せ集めの病棟でしたが、


主に入っていらっしゃるのが、ご老人の方々でして。


暗く煤けた病棟に響き渡る、ご老人のうめき声。


ピカピカでキレイな、患者も比較的活きのよい外科病棟とは大違いです。


案内された病室も、大部屋希望でしたが、これまた狭くて!


いわゆる古いタイプのカーテンで仕切られた4人部屋です。


しかも、今回の手術は、


全摘~同時再建で広背筋皮弁再建術を行う予定でしたので、


入院期間は約2週間、と言われておりました。


1度目の入院の延長で考えていたのに、暗ーい病棟で、ちょっと気分も沈みましたね。


本当に、1度目が楽勝だったので、
今回も2週間のプチ旅行くらいのつもりで考えていたんです。



ところがどっこい甘かった!


最初の病室からして、すでに想・定・外です。



なんともイヤな予感に包まれながら、荷解きをしていると、看護師さんが、


「今、個室が空いたから、個室に変えましょうか?」


とやってきます。


「(゚д゚)?」


わたしの希望は大部屋です。
一言も「個室!」なんて言っておりません。
不思議に思っていると、


「……術後が大変かも 知れないから、
手術の前後だけでも個室に入った方がいいんじゃないかと思って」


「えっ(゚д゚)」


「そう、そうなんですか?」


そんな話は聞いてません。
先生は、「広背筋を使った再建は、そんなに痛くないよ~」とおっしゃっておりました。



「その方がゆっくりできるでしょ」


「はぁ……」


思っているより大変な手術なのでしょうか?
でも、確かに、術後はまた拘束されるので、大部屋よりは個室の方が、気が楽かもしれません。


大部屋では、「ぷぅ」とオナラをするにも気を使いますしね(´∀`)


ただ、気になっていたのが、個室のお値段。


外科病棟の個室は、キレイなだけあって、お値段も相当高かった覚えがあります。


「そんなに出せないかも…」

と聞いてみると、意外や意外。
こちらの古い病棟の個室は、1日7000円と消費税とお手頃価格でした。


それなら、2~3日くらい個室に入っても、なんとかなりそうです。


それに、個室なら、少しは部屋の感じもいいかも知れない。


そう期待して、個室に移ることをお願いしました。


そう、期待したんですがね──。


お掃除が済んで、案内されてみると、そこは大部屋に負けず劣らず、煤けた病室でした。


壁には何の染みなんでしょうねー?


なにかこすったような染み、
飛び散ったような染みがたくさんついております(´Д` )


床も古ぼけて煤けてます。



それが、思い描いていたのとはまったく違う、苦痛の入院生活の始まりでした。


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2009年11月 術後は意外に楽でした

2009年11月に行われた手術は、

センチネルリンパ生検と、
左乳房の温存手術。


左胸の、下方の外側を切り取る手術でした。


手術時間はどれくらいだったでしょうか?
2時間か3時間くらい?

ちょっとはっきりとは覚えていませんが、待つ方も、
さほど苦痛ではない時間だったようです。


ちなみに、手術を待っていた夫は、外科病棟の待合か、
もしくはわたしのねぐらである病室で待機しているよう言われたそうです。


で、彼はわたしのベッドで居眠りこきながら、待っていたそうですヽ(´▽`)/



で、術後。

手術室からナースステーション隣の回復室に運ばれて、
しばし、そこで様子見となります。


このとき、すでにわりと元気だったわたしは、
鼻の穴に置かれている、酸素のチューブが邪魔くさくて、
先生が来たときに許可を得て、とっとと撤去してもらいました。

これで、鼻元はスッキリ(´∀`)

活きがよいので、早々に自分の病室へ戻されます。

そういえば、回復室にいるときに、
挿管の研修をさせてもらったという救急隊員さんが、お礼に来てました。

お役に



なんてカッコよく言いたかったのですが、実際は何もいえませんでした(ノ∀`)



さて、病室では、点滴と、ドレーンと、おしっこの管がついた状態で、
次の朝まで、ベッドから起き上がることはできません。


寝たきりです。


みなさん、書いてますが、この寝たきりというのは、結構苦痛ですね。

それでも、まだ傷が左脇と胸だけだったので、さほど痛みも強くなく、
あちこち寝返りを打つことができたので、
それほど強烈にツライということもありませんでした。


朝一で手術して、午後には病室に戻ってきて、食事は摂れませんから、
あとは、付き添いの夫と、ベッドでゴロゴロしながら、マンガ読んでました。


余裕です(´∀`)


夕方に夫が帰ってからも、ウトウトしたり、マンガ読んだりで、
動けないのは不自由でしたが、特に痛みも不快感もなく、のんびりと過ごせました。


夜もぐっすり、おやすみなさいです。


それで、朝6時の看護師さんの見回りのときに、
点滴とカテーテルを外してもらい、拘束から解放!


ヒャッホウと、トイレに行き、ジャージに着替えて、またマンガ読んでたら、
朝の回診のときに、先生に驚かれたのは前述した通り。



で、術後2日目も、マンガ読んで過ごして(それくらいしかすることなかったの)、
3日目には、退院でしたヽ(´▽`)/


あまりに早い展開に自分でもビックリ(゚д゚)です。


ガンの手術なんだから、もっとこうじっくりと大事にしてくれそうなイメージですが、
今は何も珍しくない病気で、難しくもない手術なんでしょうね~。


鎖骨折って手術したときの方が、はるかに長く入院してましたね。


というわけで、第1回目の温存手術は、
マンガ読んで終わりました(´∀`)ハハハ



という感じで、今回の温存手術があまりに楽勝だったため、
2回目の手術~術後では、甘く見すぎて、とんでもない目に遭うのですが、
それは、また次の機会に書きたいと思います。


あとは、病理の結果が出るまで……また落ち着かない日々です。

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2009年11月 切りった組織、見ましたか?

『タッチ』の歌で、意識を失い、
看護師さんの声で、呼び起こされました。


目を閉じて、次にまぶたを開いたら、手術が終わっていた、という感じでした。


麻酔の点滴を入れられて、いくつ数を数えたでしょうか?

麻酔薬が、全身を巡っていく感覚をじんわりと感じたところで、意識を失いましたかねー。


ともかく、目を閉じたと思ったら、手術が終わっていたので、ビックリでした。

「いつの間に!?(゚д゚)」って感じです。


術後は、さすがにストレッチャーで回復室へ移動です。


道中、付き添いしてた夫は、切り取った組織を見せてもらったとか。


わたしも見たかった!


おっぱいの中身なんて、そうそう見られるものでもないですし。


そんな後悔を活かして、2回目の手術のときは、バッチリ見せてもらうんですが、
ずばり言っちゃうと、ただの白いカタマリでしたね~


麻酔から覚めるや否や、
「見せて、見せて~」と先生にせがんだ覚えがあります。


で、先生も「(゚д゚)」こんな顔して、見せてくれたけど、
なんか、見てもあまり感動はありませんでした。


2回目は、手術時間が長かったので、
麻酔が覚めてもボーッとしてて、見た組織の記憶もぼんやりとしか覚えてないんですよね。


もっとはっきり覚醒してから、じっくりと見たかったんですが。

そうしたら、もっと面白かったかも?


他の方の話では、他の部位のガンでしたが、触らせてもらったという強者も!


わたしも自分のガンの部分、見て触ってみたかったナァ

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