カテゴリ:告知のはなし の記事一覧

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2009年12月 再手術は半年後

さて、断端陽性で再手術を選択したわけですが、

じゃあ、いつ手術するの?


先生は、

「焦らなくても大丈夫ですよ」

とおっしゃいました。

なんでも、わたしのガンは大人しいタイプなので、
そういきなり大きくなることはないのだとか。


いっそ、1年後でも大丈夫、と先生は言います。


でも、1年も、またガンと一緒というのは、どうも落ち着きません。


かと言って、すぐに手術というのも、
これから寒くなる季節でしたし、
寒いのが苦手なわたしとしては、病院で寒さに震えるのは避けたいところ。

また、子供らの面倒を見てもらうために、義母に来てもらわなければならないので、
「すぐ」の手術には、いろいろと対応が難しそうでした。


ならば。


好きな時期を選んでもよいと言うのであれば。


思い切って、
吹く風もさわかやな季節を選択しました。

5月です。



5月なら、暖かいですし、寒くて震える心配もありません(´∀`)


先生も、「それくらいがいいかもね~」なんて言います。


1度目の手術から半年後、2回目の手術をすることに決めました。


5月。
季節的には、本当に過ごしやすくていいですよね。
半年経過していれば、今の傷もだいぶ落ち着いているでしょうし。



けれど。


半年後、わたしはこの判断を、ムチャクチャ後悔することになります。


5月。


読みが甘かったです……。


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2009年12月 どれか当たりを引くと思ってた

断端陽性とわかってからの、その後の治療方針は即決でした。

先生は、

「おうちに帰ってご主人とよく話し合いをなされたら…」

とおっしゃってくれましたが、
話し合ったところで、決まりは決まりです。


それに。


もう一度、部分切除をする場合、
今度は、局所麻酔で行うから、相当痛みがある……かも、
と言われておりまして。

ひとつは、このままで再発率80%。

もうひとつは、かなりの痛みを伴う手術。


となれば、すっきりさっぱり、
全摘を選択 するよりないじゃないですかー(´∀`)


この話をするとき、先生、とても慎重に、
わたしの様子を見ながら話しておりました。


でも大丈夫です。


というのも、
何かしらの「悪い知らせ」にヒットする予感がありまして。


それが何かはわからないけど、

「ガンの顔つきが悪い」とか、
「実はセンチネルの精密検査の結果、リンパに転移がある」とか、

最初にシコリを見つけたときに、
「これはガンかも知れない」
と、やたらとそんな予感がしていたのと同じで、

今回も、何かにヒットするんじゃないだろうか、という予感がプンプンしておりました。


だからね、

さほど驚かなかったんです。


「ああ、やっぱりね」

って感じで。


ただ、断端陽性が来るとは、思ってなかったですが。


最初の手術の説明のとき、100人に2人くらいの確率で、
そうしたことが起こりうる、と聞いてはいたんです。

麻酔の後遺症のリスクの話なんかと一緒に。


今や、乳がんはめずらしくない病気だと言います。
けれど、そのリスクは、40代後半からグンッと高くなるんであって、

30代で乳がんとなると、その確率は、いくらか下がると思います。


そして、断端陽性。


どれくらいの確率で、当たっちゃったのかな~って考えましたね。


もしかしたら、今、宝くじ買ったら、
いくらか当たり引いちゃうんじゃないの?


とも、思いましたヽ(´▽`)/

でも、もし宝くじを買って、当たっちゃったら、
そこで運を使い果たして、病気が悪い方向に行ってしまうかも、とも思いまして、


結局、買うのはやめましたけどね。


買ってたら当たってたのかなあ……(*´ω`*)


そんなことを思わなくもないですね(笑



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2009年12月 なんと! 断端陽性(゚д゚)

これも、第2の告知になりますかね。


いい知らせと悪い知らせ。



先生は、こうおっしゃいました。


「切り取った組織をスライスしてつぶさに検査した結果、
ダンタンヨウセイでした」


ダンタンヨウセイ。


なんですか?それ(゚д゚)


字にすると、「断端陽性」


シコリから数センチ、
大きく切り取った乳腺組織の一番端っこから、
ガン細胞が見つかってしまったのです。



切り取った一番端っこに、ガン細胞がいたということは、
その先にも、まだまだいるかもしれないということ。


つまり。


ガン細胞を取り切れていないかも知れない
、ということです。


がびょーーーーん(゚д゚)


先生は、今後についてこう言いました。


「このまま温存の状態で、
残った乳房に放射線治療をして、
さらにホルモン治療をしたとしても、
再発率は80%です。」


80%!(゚д゚)


高すぎでしょー!


「そうした治療をしながら、こまめに状態をチェックして、
ガンが大きくなったのを見つけてから、再手術するという方法と、」


「もう一度、部分摘出をして、温存する方法と、
全摘してしまう方法があります」



「ただし、温存した場合は、もしかすると、また断端陽性になる可能性もありますし、
今の状態から、さらに部分切除をすると、胸の形がかなり変形してしまうので、
温存するメリットがないかな、と僕は思います」


わたしもそう思います(゚д゚)


となると。


残っているのは全摘です。


でも、全摘は自信がありませんでした。

全摘して再建という方法もあるのですが、
当時は素敵なお胸を作るインプラント再建は保険適用外。

100万円はかかる、といわれておりまして、

ロクな保険に入っておらず、ビンボーだったわたしに、
それを選択する力はありません。


先生にそう、伝えると、

「自家再建なら、保険適用ですよ」

えっ(゚д゚)


「どれくらいかかるかハッキリわからないけど、
それほど大きな金額ではなかったハズ……」


…………(´∀`)パァァァ


「先生、それ一丁、お願いします」



即決でしたヽ(´▽`)/


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2009年10月 手術はすぐにはしてもらえない!?

初マンモをすませて、診察に戻ると、

そこで 二度目の告知 をされました。


「○○クリニックからお持ちいただいた細胞のサンプルと、
レントゲンなどから見ても、がんなのは間違いないです」


ガーン(゚д゚lll)

ついに言われちゃったよ。


いや、「ひょっとしたら」「もしかしたら」ってうっすらと期待しないでもなかったんですが、


やはり間違いないモンは、間違いありませんでした。


「いやあ、これ、他の人の検査結果と間違えてました」って
パターンもちょっとは期待してたんだけど(←しつこい)


先生が、どうのこうのと乳がんの説明をしていきます。


すでに頭の中は、乳がん情報でパンパンでしたので、
先生の説明は、わたしにとっては復習にあたりました。


でも、初めて聞くみたいな顔をして、
「ふんふん、ほうほう」と相槌を打ちます。


正直、知りたいのは、一般的な説明ではなく、
わたしのがんがどのタイプなのか、
どんな治療をこれからしていくのか
、ということです。


一通りの説明が終わるのを待ち、それを尋ねてみると、


「それはね~、手術の結果を見ないことにはわかんない」


と言われました。

(゚д゚)


「じゃあ、その手術は? いつになりますか?」

先生、パソコンをカチャカチャと操作し、

「んー、一番早くて12月……」

Σ(゚Д゚) は?

今は10月ですが?



「手術室の予定がいっぱいでねえ~……それくらいになっちゃうなあ」

マジっすか(゚д゚)

ということは、そのときが10月の下旬でしたから、
どんなに早くても1ヶ月は先ということ。

生殺し


そして、それまでは、この先の治療方針も、
わたしもがんの種類のことも、なーんにもわからないまま、

またネットや本を眺めては、
「こんなタイプのがんだったら……」
「こんな治療をするんだったら……」と、
悶々としていなければ、いけないということ──。


あまりに厳しい事実でした。


がんということだけは、間違いがなく、
それ以外のことは、まったくわからないまま1ヶ月を過ごすなんて。


口をパクパクさせて絶句していると、


「早いほうがいいよねえ。なんとか調整してみるから、待っててください」


先生によると、どんながんでも、よほどの場合は、緊急で手術に回すんでしょうけど、
そうでなければ、病状に余裕があるなら、1ヶ月、2ヶ月待ちはザラなんだそう。


けれど、がんは、手術して、切り取ったソレを病理検査に回して、詳しく検査してみないと、
そこから先のことは何もわからないみたいだから、待たされるということは、
それだけ生殺しの日々が続くということです。


今思い返してみても、この待つだけの1ヶ月は、しんどかったです(´Д` )


足が地についてない日々でしたね。ふわふわ、ふわふわと落ち着かなくて。


結局、術後も即、結果がわかるわけではなかったので、
すべての結果がわかるまでに、この診察の日から、2ヶ月近く待たされました。


まさに、判決を待つ、罪人の気分でした(゚д゚)

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2009年10月 初のマンモグラフィ 

さて、「悪い結果が出ました」と告知されてから、1週間後、
今度は、その後の治療の面倒を見てもらう病院へと足を運びます。

選んだ病院は、日本赤十字病院。

がんセンターにしようか、もうひとつ、こちらの地域では有名な大学病院にしようか
悩んだんですが、結局、最初に診てもらった先生の先輩を紹介してもらえるということと、
通いやすさを第一に、日赤病院をチョイスしました。


この日の同行者は、母親です。

やはり、お母ちゃんは子供のことが心配です。

きっと、わたしの病気が判明してから、胸いっぱいの思いをしていたことでしょう。

もっと詳しい状況を知りたいはずです。

それをわたしが、あーだこーだと説明するよりも、
一緒に説明を受けたほうが、話の通りも早かろうと思っての同行してもらうことにしました。


診察の前に、マンモグラフィを受けるよう指示されます。


初マンモグラフィです。


噂では、ぎゅーっと引っ張って、ぎゅうぎゅう押しつぶされて、痛い、と聞きます。


実際はどうなんでしょうか?
緊張が高まります。


名前を呼ばれて、診察着に着替えました。

女性の技師の方が、「失礼しまーす」と
チチをコネコネするように、板の上に伸ばしていきます。


「じゃあ、ちょっとキツイかもしれませんが、がんばってくださいね~」


この段階では、チチはまだ軽く板に挟まれているだけです。


女性技師が、隣の部屋へと移動し、


ガシャン、ウィーーン……

うおおおっ Σ(゚Д゚) 



チチがどんどん挟まれていきます。どんどん、どんどん、これはかなりキツイです。
体感的には、かなりぺっちゃんこにされている感じがします。

痛みは、チチ自体が痛いというより、
引っ張られているチチのふもとがピリピリと痛みました。


ふと、友人との会話を思い出します。


マンモ


ちょっと、これ、どうなんでしょうか?

彼女は、堂々とマンモを受けられるオッパイになりたいと、申しておりましたが、
サイズによって、不具合が出ることはあるのでしょうか?


ナゾです。



で、わたしは「いててて……」のうちに撮影は終わったのですが、
断乳して半年過ぎくらいだったので、挟まれた圧力で、母乳の残りが絞り出されておりました。


もう自分で絞っても出なかったのに。

マンモの圧力、恐るべし、です(゚д゚)


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