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はじめに。

はじめまして。

はりがねと申します。

このブログでは、わたしの経験した病気の話を綴っていこうと思っています。



2009年10月、左胸に乳がんを見つけました。

同じ年の11月に1回目の手術、

2010年5月に、2回目の手術を受けました。

以降、現在進行形で、ホルモン療法を受けております。




病気が判明したとき、たくさんの闘病ブログを読みあさって、気持ちを落ち着けました。
ネット上にある、たくさんの同じ病気を抱える方々の記事に、とても救われました。

だから、いつか自分も、自分がそうだったように、
同じ立場の方々にとって、少しでも役立てる何かを書いておきたいと思っておりました。



それを、ここで形にしていこうと思います。



そういう主旨のブログです。

自分が経験したこと、思ったことは、素直に、覚えている範囲で克明に書いていくつもりです。



と、ここまで真面目に書き綴ってきましたが、基本、ヽ(´▽`)/アハハー 根っこの部分はこんなです。


ですので、楽しく綴っていければ、
楽しく読んでもらえればいいな、と思っております。



どうぞ、お気軽によろしくお願いいたします。

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タモキシフェンで、ウィッグ!

タモキシフェンで、薄毛(゚д゚)!


になってしまい、さて、どうしよう?です。


毎日毎日、合わせ鏡をして、頭頂部を見ては、ため息をつく日々。

なにをどうやってこねくりまわしてみても、薄いもんは薄いんです。

日に日にカバーできなくなっていく頭。

ある日、知り合いの方に、室内で撮った自分の写真をいただいたときに愕然としました。


わあー、スッカスカ(゚д゚)


自分では、まだうまいこと隠せてるかしら、なんて思ってたけど、
実際に、照明の下で激写された写真は、真実を物語っておりました。



しばらく立ち直れませんでしたね。


それまでも、ニットキャップは常に被っていて、場所によっては、ちょっと変な人だったんですが、
それでも、どうしても帽子をかぶって行けないシチュエーションってあるじゃないですか。


そういう場に出たときの写真だったんです。


帽子をかぶったままでは、おしゃれなカフェだって行けません。

子供の授業参観だって、いつまでも帽子をかぶりっぱなしでは、変です。


だから、決意しました。


ハゲの治療と、ウィッグデビューを。


ハゲの治療は、免疫力を上げるとか、体のバランスを整えるとか、そういうサプリメントと、
専用のローションとかシャンプーを使った治療です。


専門のサロンっていうのかな、
そういうところにいって、ケアしてもらうことにしました。

それだって、半年で何十万もかかる計算です。


お金はなかったけど、髪の毛がない方が辛かったので、
エイヤと決意して、サロンに任せることにしました。


そういうところに行ったからと言って、
すぐにフサフサになるわけじゃありません。


回復までに1年以上はかかるでしょう。


となると、そのあいだのハゲ隠しだって必要です。


だから、買いました。


フォンテーヌの部分ウィッグ。40000円です。


これが、自毛と質感、色ともにそっくりなウィッグでして、
意外や意外、しっくりと馴染んでくれました。


とはいえですねえ……


次回で、ウィッグ生活の、
いいところと、イマイチなところを書いてみようと思います。


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薄毛は治らない!?(゚д゚)

「タモキシフェンで薄毛」の続きです。


タモキシフェン服用3年目あたりから、
笑えないほどに薄くなっていった、わたしの頭頂部。


髪が乾いた状態でも、スッカスカで、髪の毛が透けて頭の形がわかるほど。


hage.jpg


1年目から、なんとなくそんな気配はしてたんです。

抜け毛がひどくなる、という症状ではなく、

人間、毎日何十本だか百本だかの毛髪が抜けて、
そして再生するというのを繰り返しております。

そのリズムが、
抜けっぱなし
という感じでしょうか。

抜ける量は多分、人並み。

でも、それが再生してくる力が、なくなっちゃったみたいでして。


だから、少しずつ、抜けっぱなし。


それが1年、2年と積もり積もって、
3年目には、目に見えてわかるほどの薄頭になってしまったようなんです。


それでも、最初の告知~手術までを担ってくれた主治医は、

「薬を飲むのをやめれば、髪も生えてくるよ」


と、言っておりました。

治療さえ終われば、諸々の症状は収まる、と



ところが!



治療の途中で主治医が変わりまして。


この主治医が、とんでもないことを言い放ちます。



「薬をやめても、
体質自体が変化してたら、治らないかもね~」



なんですと(゚д゚)!!!!!


ものすごいショックな言葉でした。


「治療さえ終われば」


この一言を支えに、薄らハゲにも耐えてきたのに。



「治療が終わっても、そのままかも」だなんて。


その主治医の主張は、


ホルモン剤で、体質自体が変化してしまっている可能性が高い。
そうなると、薬をやめたところで、体質は戻らないかもしれないので、
薄毛もそのまま継続しちゃうかもね~


とのことでした。

本当に、デリカシーのない言い方で、これまた、ものすごく傷つきましたね。


そうして、この一言をきっかけに、浮上できないくらい落ち込みまして、
ウツまでもが再発してしまったのです。


というのが、一昨年から去年にかけての話で、


去年の夏は、本当にひどいウツ状態でした。


と、「タモキシフェンでウツ」の話は、また別の機会にまとめていこうと思います。


そんなわけで、気分もどん底で、ハゲは進行していくばかり。


本当に、どうしようもない状態でした。


薄毛話、続きます。


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タモキシフェンで、薄毛!

ホルモン注射は中止となりまして、
その後は、タモキシフェンの内服1本で行くこととなりました。


わたしが飲んでいたのは、タモキシフェンのジェネリック品である
「タスオミン」です。


いわゆる「ノルバ」よりも、お値段が安かったので、
こちらにさせていただきました。


ちなみに90日分で6000円と数百円です。


「ノルバ」だと、もう少しかかりますよね。



で、タモキシフェンを飲むようになって、
最初の1年2年は、大した副作用もありませんでした。


気になるといえば、「冷え」くらいでしょうか。

夏でもお腹の中だけがどうしても冷えて、
カイロを貼っておりました。


それでも、まあなんとかカイロや着るもので対処できる程度です。


冬はもう少し大変だったかな。


お腹と背中にカイロ、2枚貼りと靴下と腹巻で、なんとかやり過ごしておりました。



ところが。



3年目あたりから、もうひとつ、
気になる症状が色濃く出てくるようになりまして。



それが、薄毛です。



1年目から、少ーし気にはなっていたんです。


「なんか、ちょっと薄くない?」


ってな程度で。


2年目くらいまでは、「わたし、ちょっと薄目だから~」なんて、
まだ笑っていられました。


でも。


3年目あたりから、笑えない(゚д゚)


笑えないくらいに進行してしまいまして。


いわゆる女性のびまん性ハゲというのでしょうか。


女性ホルモンに関わる部分が薄くなっていくみたいで、
こめかみから、上の部分が薄ーくなっていきました。


最初はよかったんです。
頭頂部の薄さを、分け目を横にすることで、カバーできましたから。


でも、次第に、分け目を横にして、横から後ろから髪を持ってきたくても、
隠しきれないほど、頭頂部が薄々になっていきまして。


しかも、ハゲ隠しをするための横や後ろの毛量も、
だんだん少なくなっていったんです。


もはや、隠しようもありませんて(´;ω;`)


悩みましたね~。


これ以上ないくらい、悩みました。


これ以上ないくらい悩んで、これ以上ないくらい落ち込みました。


そうして、ウツへのスイッチが入ってしまうのですが、
薄毛だけに関して言えば、本当に辛かった。


隠しようがないくらい、てっぺんあたりだけが薄いんです。


地肌が見えてて、どんな髪型にしてみても、隠せない。



惨めで、悲しくて、
やりきれなくて、泣きました。・゚・(ノД`)・゚・。



薄毛話、まだまだ続きます。


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2010年1月 リュープリンで、うつ!

なんだか、

「ガンダム、大地に立つ!」

みたいなノリのタイトルになってしまいました。


「リュープリンで、うつ!」


リュープリンでうっ、とか、リュープリンを打つ、というのではなく、

リュープリンの副作用で「うつ」が出た、という意味です(*´ω`*)



わたしのホルモン治療は、1回目の手術のあとから始まりました。


当初の予定は、

タモキシフェンの服用と、
リュープリンの注射の併用です。



かるーく考えていたんですけどね。

これがとんでもなかった(゚д゚)

服用と注射を初めて、一番最初の副作用は、ホットフラッシュでした。


といっても、ちょっとカーっとほてるくらいの、軽いホットフラッシュです。


最初のひと月くらいは、そんな軽いホットフラッシュが出るくらいで、
ほかには、これとった副作用もなかったんですね。


ところが、ちょうどひと月ほどたったあたりから、
ものすごく気分が落ち込むようになりまして。

最初は、なぜそうなるのかさっぱりわかりませんでした。

今になって、ガンになってしまったことのショック状態が来たのかなあ、とか、

そんなふうに考えていました。

でも、何をどういうふうに考えてみても、気分の落ち込みは回復せず、
それどころか、ますますひどくなっていく始末。


しまいには、家事もできないくらいの状態になってしまいました。


本当に、口を開くのもおっくうで、呼吸をするのも何をするのも、イヤでイヤで仕方ない。

ソファや床の上に座ったまま、何時間でも、半日でも、一日でも、そのままの状態で、
鬱々と一日が過ぎていく──そんな毎日を送るようになりました。


さすがに何かがおかしいと、思うのですが、それが何なのかわからない。


だって、そうです。

先生は、ホルモン治療の副作用で、そんな症状が出るなんて、一言も教えてくれてないんです。

だから、ワタシ自身に問題があるのだと、すごく悩みました。

悩むのも億劫だったけど。


そうしたら、ある日、そんなわたしを見て、夫が、

「キミ、うつだよ」

と言い放ちまして。

うつ!(゚д゚)

そうかあ!

と、このときばかりは、答えが見つかって、頭の中にランプがつきました。


「うつ」と言われた途端、すべての症状に納得が行きます。


それでも、その原因が何にあるのか、漠然と、ホルモン治療のせいかなあ…と思ってはいましたけど、
確信はありませんでした。

それくらいに、ホルモン治療の副作用について、軽く考えていたんです。

先生も、「更年期みたいな症状が出ることがあるかも」程度にしか、言ってませんでしたし。


だから、診察のとき、「うつ」のことをちょっと相談してみたんです。

そうしたら、

「それ、注射のせいだと思う」

と、あっさり(゚д゚)

「どうする? 治療続ける? やめる?
やめると、再発率が少し上がるけど……」


そう言われると、ちょっと怯みますが、もはや日常生活がまともに送れないレベルです。


「それでもね、がんばる人は旦那さんに協力してもらって続けるんだけど……」


「いえ、やめます!」



わたしには、とても頑張り続ける自信は、ありませんでした。ムリです。



「わかりました。実はね~、30代でこの薬使うと、
3人に1人は、副作用がキツくて中止するんだよね」


なんですと(゚д゚)!


じゃあ、それ、最初に言っておいてくれればヨカッタのに!

最初から、リュープリンの副作用がきつくでる場合もあるとわかってれば、
不安も少なかったハズです。


そうして、リュープリンをやめたところ、薄皮を剥ぐように、「うつ」は改善していきました。
1ヶ月が経つ頃には、かなり回復です。


やっぱり、注射のせいだったんですね(´∀`)と、安心しました。


そして、その後の治療は、タモキシフェンの服用オンリーということになりました。


これが、また、わたしをじわりじわりと苦しめてくれるのですが、
その話はまた次回以降ということで。


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2010年5月 再発率100%じゃん!

ヘビーな術後生活を終え、13日間お世話になった病室ともグッバイ(´∀`)ノシ


家に帰ってからも、
ぐったりでしたが、やはりおうちはいいものです。
お世話してくれていたのは義母でしたが、
思いっきり甘えて、養生させてもらいました。


子供たちと一緒に過ごせるのも、回復にきいていそうです。


入院中は、子供たち、特にまだ2歳だった下の子がかわいそうでした。


だって、泣くんです。


満面の笑みで、面会に来てくれて、いっぱいいっぱい抱っこされて(傷が痛いけど)
帰るときになると、大泣きするんです(´;ω;`)

これには参りましたね。

体重が減らないのにも参りましたが、
子供に泣かれる辛さったら。

胸が張り裂けそうでした。・゚・(ノД`)・゚・。


下の子供は、帰ってくるなり、だっこお化けになりました。


ちょっと、このときの様子は、今思い返しても泣けてきますね。




と、それはさておいて。



今回の手術の病理結果です。


摘出した左胸の乳腺全部を、つぶさに検査したところ。


かなりの広範囲にガン細胞が散っていたそうです。


しかも、一部では、浸潤ガンにまで成長していたとか。


もし、あのまま再手術してなかったら。



再発率100%ってことじゃないですか(゚д゚)



いやいや、手術してヨカッタです。


恐ろしや(゚д゚)



先生は、

「もう全部取っちゃったから、
左側で再発の心配はないよ」


とおっしゃいました。


放射線治療の必要もありません。



たくさん痛い思いをして、その見返りがこれです。


やれやれ、ですね。


がんばったかいはありました(´∀`)


となると、ここから先は、
ホルモン療法の始まりです。


いや、書き忘れてましたが、
実は、もう始まってます。始めてました(´∀`)


次からは、このホルモン療法と副作用について、
書いていきたいと思います。


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2010年5月 減らなかったよ、体重は…(´・ω・`)

さてさて、術後、胃腸風邪になり、2日ほど、
水分以外は口にせず、過ごしておりました。


術前、夜9時より、絶食。
手術の日、丸一日、絶食。
その後、胃腸風邪で、2日ほど、微食。

と、来ればですよ。
女の子だもの、何かを期待しますよねえ(*´ω`*)


ちょうど、そうしてあまり食べずに過ごした次の日、

ピンポンパンポーン♪
「今から、体重測定をしていただきます。
ナースステーションまでお越しください」


という放送が入ったんですね。


「これは!」

と思いましたね。


ここ近年で一番スリムな体重が見られるかもしれない、と。


まだまだ体はギシギシで、うつぶせからの起き上がりしかできない状態でしたが、
心なし、軽い足取りで、ナースステーションへと向かいました(´∀`)


ナースステーションの前に、
ごくごく普通の、
家庭用の体重計が置いてあります。


「そこで体重計って、知らせてください」


ナースステーションの受付から、看護師さんの声がかかります。


ちと興奮気味に、体重計に乗るワ タ シ(*´∀`*)


カショーーン………


Σ(゚Д゚)

「なぬ!?」


……(゚д゚)?


なんと、驚くべきことに、体重は入院初日とほぼ変わらず、でした。


「あのー、すみません、この体重計、壊れtr……」


と言いたかったのですが、すでに後ろに人が並んでいたので、
そう言い出すこともできず、ボソッと体重だけを伝えて、帰路につきました。


ショックのあまり、帰りも早足です。


このことを、

このことを、

伝えなければならない人がいる!


「お父さーん、体重減ってなかったー!!!」


夫に、メールしました。

すぐさま、返事が戻ってきます。


「ははは。」


ははは?(゚д゚)


ははは、で済ますとは、これ如何に?


いやあ、妻は傷の痛みなどすっ飛ぶくらいに、ショックを受けているというのに。


そんなもんですかー。(当たり前ですね(´∀`)ハハ)


ホントに、あれだけ苦しんだ数日で、1キロくらいしか減ってなかったです(゚д゚)


わたしの予想では、3~4キロくらい、ゴソッといってたハズなんですけどねえ。


37歳(当時)の脂肪、恐るべし(゚д゚)、ですわ。


手術の痛みにも、胃腸風邪にも、耐えるんですね。

耐久度の高い脂肪を身につけてしまったものです(ノ∀`)タハー


って、真剣に考えると、
ベッドに横たわってる時間が長いので、
それだけ、消費エネルギーの量も少なかったんでしょうね。

ただ、寝てても消費エネルギーの量を増やすには、
筋肉の量を増やすよりほかありません。

37歳の平均筋肉量では、たいした消費にならないんですねえ( ´△`)


みなさま、脂肪を燃焼させるには、筋肉をつけるのが確実ですよ!
腹筋や背筋などの、大きな部位の筋肉を鍛えると、
寝てても消費される基礎代謝量が増えて、脂肪が減りやすくなります。


わたくし、この経験が悔しかったので、傷が少し癒えてからは、
少しずつ筋トレして、筋肉をつけました。

取ってしまった左側の広背筋をカバーする筋力もほしかったですしね。


で、今は痩せたのかと聞かれれば。


……食欲さえ抑えられれば、「yes」です。


でも、食欲に負けっぱなしなので、
結局、あんまり変わってなかったりしてー(´∀`)アハー


お菓子を食べるとてきめんデスネ。お菓子、危険!でもうまい!


というわけで、入院生活はダイエットにはなりませんでしたーヽ(´▽`)/ウワーン

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